怒りのコントロール方法
「怒りの感情がコントロールできず、人間関係が悪化してしまった・・・」
「怒りがなかなか冷めずにいつも不快な気持ちに苛まれている・・・」
こんなことはないでしょうか。
夫婦喧嘩やパワハラはもちろんのこと、今ニュースで報道されるストーカーの事件や虐待の事件や、様々な殺人事件もその源は「相手が自分の思い通りにならない」という苛立ちや怒りから生まれていることが多いのではないかと思います。
確かに私たちは思い通りにならないことに対して苛立ちや怒りを感じることがあります。
ただ、カウンセリングの原則に「過去と他人は変えられない」というものがあります。変えられるのは自分とこれから先の未来なのです。
ではどのように自分の怒りの感情と付き合えばよいのでしょうか。
- 怒りの感情とは?
- 問題となる怒りとは?
- 怒りの性質
- 怒りはどこから沸いてくるのか?
怒りの感情とは?
人間は動物的な本能として危機を感じると自分を守ろうとし、それが怒りとなって表されることがあります。つまり怒りは危機的な状況から身を守るための防衛感情なのです。
私たち動物が危機を感じたときに取る方法は、二通りと言われています。それは「戦うか逃げるか」です。怒りというのはこのうちの「戦う」という姿勢です。
心や身体の安心や安全が脅かされそうになった時に、怒りが生まれてその怒りをもって身を守ろうとするのです。だから動物である限り、怒りを感じるというのはとても自然なことであって、大切な感情なのです。
ただ、怒りというのは喜怒哀楽の中でもパワーが強いので取り扱いが難しい感情なのです。
取り扱い方を間違えると、人間関係を壊す決定打となってしまったり、仕事に支障をきたしてしまうこともあります。また、身体にも悪い影響を与えます。怒りを感じると筋肉は緊張し、心拍数や血圧が上がります。なので、しょっちゅう怒っている人は心臓疾患や高血圧症になりやすいと言われています。
だから、上手にコントロールしてうまく扱うことが大切なのです。
問題となる怒りとは?
では、問題となる怒りとはどのような怒りなのでしょうか。
それには4つの怒りがあります。
①強度が高い
そこまで怒ることではないのに激怒してしまう、なんていうものです。スーパーや病院などで、頭から湯気が出そうなくらい顔を真っ赤にして店員や職員を怒鳴りつけている人を見かけることがありますが、このようなものは強度の高い怒りです。
②頻度が高い
頻度が高いというのはしょっちゅう怒っているということです。一日のうち何度も怒ったり、常にイライラして不機嫌だ、などというものです。
③攻撃性がある
暴力を振るうのはもってのほかですが、怒り任せに大きな音を立てて扉を閉める、物に当たるという人は多いのではないでしょうか。また、暴言を言って相手を傷つけることもあります。それが自分に向かうと、自傷行為になったりすることもあります。
④持続性がある
いわゆる「根に持つ」タイプです。「あの時もあの人はそうだった」と思い出し怒りをしてしまったり、一度怒ると何日も怒りが静まらずに相手と口を利かない、などというものです。
怒りの性質
怒りの感情にはほかの感情と違う性質があります。
①力の強いところから弱いところへ流れる
怒りの感情は、立場の強い人から弱い人へ流れることが多いのです。
例えば、社長から怒られた部長は課長へその怒りをぶつける、そして課長はその怒りを係長へぶつけ、係長は一般社員へその怒りをぶつける、というのはよくある光景です。
そして家庭でも、夫が仕事でため込んだイライラや怒りを妻へぶつける、そして妻はそのイライラを子供にぶつける、子供は下の兄弟へそのイライラをぶつける、ということがあります。
②怒りは伝染する
また、怒りの感情は伝染します。
周りにイライラしている人がいると、こっちまでイライラしてくるということは皆さん経験があるかと思います。
人間の心理は環境に左右されます。怒りや苛立ちというのは周りに影響を与えて伝染するのです。
③身近な対象ほど強くなる
友達よりも家族に対してのほうが強い怒りや苛立ちを感じることが多いのではないでしょうか。
なぜなら少なからず友人に対しては「遠慮」という気持ちがあるからです。
怒りはこのように身近な相手ほど強くなる性質があります。なぜなら身近な相手ならば、「わかってくれて当たり前」という思い込みがあるからです。そして許してくれるだろう、という甘えもあってついつい強い口調で攻めてしまったりするのです。
怒りはどこから沸いてくるのか?
①「こうあるべき」「こうあるはず」
では、怒りはどこから沸いてくるのでしょうか。
よく考えると、怒りを感じるときにはその原因を二つに分類できることがわかります。
一つは、相手に対する要求が満たされないというときに感じる怒りです。
例えば、「子供が言うことを聞かない」とか「上司がわかってくれない」とか「夫が優しく接してくれない」なんていうものです。
「私を認めて」という承認欲求や「相手を思い通りに動かしたい」という支配欲求が強い人はこのような怒りを感じやすいかもしれません。
そしてもう一つは相手から侮辱されたり、嫌がらせをされたりと、何らかの攻撃を受けた場合にそれを訂正させたり謝罪を要求したり、報復してやろうとするときに感じる怒りです。
こちらに関しては自分の自尊感情を守るために必要な怒りの場合もあります。
必要な怒りに対しては毅然と抗議しなければならない場合もありますが、上手にそれを伝えることが必要です。
ただ、こちらの怒りも程度の問題で、些細なことを攻撃された、と受け取っていつも怒っている人もいます。これも問題です。
ただ、これらに共通するのはその怒りの前に「こうあるべき」「こうあるばずだ」という考えがあるということです。
相手はこうあるべき、物事はこうあるはずだ、こうなるに違いないという期待や理想が思ったようにならなかったときに私たちは怒りを感じるんです。
例えば、彼なら言わなくてもわかってくれるはず、という考えがあったのに、全然わかってくれなかった、なんていうときに「なんでわかってくれないのよ!」と怒りがわく、ということです。
②怒りは二次感情
さて、怒りという感情にはもう一つ特徴があります。それは怒りというのは単独で存在するのではなく、その奥にある様々な感情から二次的に生まれる感情なのです。
例えば、心の中にマイナスの感情がたまるコップがあるとします。そのコップに本当は、辛い、悲しい、寂しい、悔しい、不安、困惑、疲れた、嫌だ、虚しいなどのマイナスの感情がたまっていきます。これを一次感情といいます。そしてこのコップがたまって溢れるときに「怒り」となって表れてくるのです。
ところが、いったん怒りとなって表れてくると、その奥にある一次感情を相手に理解してもらえないままになってしまうのです。
まずは立ち止まって、自分の一次感情に気づいて、怒りではなくその感情を相手に理解してもらう努力をすることです。
そして相手に怒りをぶつけられたときは、相手の一次感情は何か、を考えていき、その一次感情に共感しながら、それを解決するためにはどうしたらよいかということを考えていくことが重要です。
③自分でコントロールできることとできないこと
「もっと優しく話かけてくれ!」「もっと私の言うことを聞いてくれ!」こんな風に私たちは常日頃から相手に様々な要求を感じながら生きています。でも私たちは相手に「私の思い通りにしてくれ」と求める権利はないのです。ただ、私の思うようにしてくれ、という権利はないけれど「私はこうして欲しい」と伝える自由はあるのです。
そしてそれを聞いた相手がどうするかはまた相手の自由なのです。
そして忘れてはいけないのは、私たちは「怒りを感じたときにどうするか」ということを自らが選んでいる、ということです。怒って怒鳴るということを選択するのか、それとも冷静に相手に伝えるのか、それとも相手に伝えずに自分の中で処理するのか、それを決めているのはまぎれもない自分自身だということです。
アドラー心理学では因果論ではなく目的論で考えます。「大声で怒鳴った」というときに、何か原因があったから大声で怒鳴った、という結果になった、というのが因果論です。原因があってその結果があります。
ところがアドラーは目的論で考えます。今、大声で怒鳴るのは何らかの目的があってそれを達成するために怒りの感情を持ち出すのだ、と考えます。
「大声を出して自分のことを認めさせたい、その目的があるから怒りの感情を持ち出した」と考えるのです。
だから、自分のことを認めさせたい、という目的が意識できれば、大声を出す以外に他の方法が取れるかもしれません。
つまり、自分の言動を選択しているのは自分自身だということです。
そのためには、アンガーマネジメントや自己主張訓練(アサーション)などを学び、適切に怒りを処理することが重要です。
また、自分の気持ちに気づくことです。
自分が何に対してイライラしているのか、今どれくらいイライラしているのか、どんな時にイライラしやすいのか、ということに気付ければ、相手との接し方や気持ちの出し方をコントロールすることができるのです。
怒りというのは非常に強いパワーがある分、自分を突き動かす原動力にも成り得ます。
元プロ野球選手のイチローは「僕は子供の頃から人に笑われてきたことを常に達成してきている。常に人に笑われてきた悔しい歴史が僕の中にはあるので、これからもそれをクリアしていきたい」と言っています。
つまり悔しい思いや「いつか見てろ」という怒りの感情が彼の原動力になったということです。
また、2014年青色発光ダイオードの開発でノーベル物理学賞を受賞した中村修二教授も「怒りが全てのモチベーションだった。怒りがなければ何も成し遂げられなかった」と言っています。
心理学ではこのようなものを「昇華」と言います。昇華とは、つまり欲求不満や反社会的な感情や欲求を、社会に受け入れられる形で表すことです。
人生には様々な理不尽なことが降りかかります。
そのような目にあったとき、怒りや悔しさ、苛立ちを感じるのは人間として当然の感情です。
でもそこにとどまっていては何も始まりません。時間がかかったとしても怒りを昇華していくことが次の一歩を踏み出すことになるのです。
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